「導入事例の制作を任されたけれど、何をどの順番で書けばいい?」
「取材では、何を聞けば原稿の材料になるの?」
「話は聞けたのに、まとめると抽象的な文章になってしまう」
といった迷いのある担当者の方も多いのではないでしょうか。
導入事例とは、製品やサービスを導入した顧客の課題や選んだ理由、取り組み後の変化などを紹介し、検討中の読者の判断を助ける記事です。製品の機能をひととおり紹介する記事や、顧客の感想を並べた記事とは、役割が異なります。
導入事例の書き方の基本として、本記事では「導入前の課題」「導入の決め手」「課題が解決されたか」「効果」「今後の見通し」の5つを、読者が流れを追える順に伝える構成をおすすめします。この基本構成とコピーして使える空欄テンプレートをもとに、取材の質問準備から、本文・タイトル・要約へのまとめ方、公開前の確認までを、一つの架空例で解説します。
私の経験では、導入事例は書きながら足りない部分を補おうとしても、簡単には修正できません。そのため、質問を事前に準備し、取材中の会話で原稿の材料になる言葉を集めることが大切だと考えています。これから取材を控えている方はもちろん、取材を終えて初稿をまとめる段階の方も、手元の材料と照らし合わせながら使っていただけたらと思います。
もちろん、5つの内容は、すべての事例を5つの見出しに分けるための決まりではありません。伝える内容に抜けがないかを確かめる枠組みとして、ご自身の事例に当てはめるつもりで、読んでいただけたらと思います。
導入事例の基本構成を押さえる
いざ書き始めようとすると、何をどの順番で書けばよいか迷うものです。
導入事例は、導入前の課題から今後の見通しまでを、読者の疑問に沿った流れで伝えると、内容がつながりやすくなります。まずは基本の流れを確認し、空欄テンプレートと、記事の軸になる一文を用意しておきましょう。
導入前の課題から今後の見通しまでを順に伝える
導入事例を読む人は、例えば「自社と同じような悩みだったのか」「なぜそれを選んだのか」「導入して何が変わったのか」を知りたいと考えるでしょう。この疑問に答える順番で並べたのが、表1の5つの内容です。
表1 導入事例で伝える5つの内容
| 項目 | 読者に伝えること |
|---|---|
| 導入前の課題 | 誰が、どの場面で、何に困っていたか |
| 導入の決め手 | 何を比べたり試したりして、なぜ選んだか |
| 課題が解決されたか | 元の困りごとがどう変わり、何が残っているか。使い方や運用の工夫も含む |
| 効果 | 時間や負担などにどんな変化があり、何を根拠にそう言えるか |
| 今後の見通し | 次に取り組みたいこと、続けて確認したいこと |

5つの内容は、必ずしも別々の見出しにする必要はありません。例えば、課題が解決された様子と効果が重なる事例なら、一つにまとめても伝わります。今後の見通しは、取材で話を聞けた場合に書く項目です。材料がなければ省き、欄を埋めるために内容を作らないようにしましょう。
また、タイトル、企業・話者の情報、要約は、本文を読みやすくするための前付けです。5つの内容とは分けて整えます。作り方に関しては、後述します。
次の空欄テンプレートは、そのままコピーして使うことが可能です。本文の5項目には、「取材前に準備する質問」と「取材中に得た言葉・具体例」の欄を付けています。内容を確認できていない欄は「未確認」、確認できていても掲載できない情報は「非公開」と書き分けます。掲載してよいかがまだ決まっていない情報は「掲載可否を確認中」とし、どの欄も仮の内容で埋めないようにしましょう。
【タイトル】
誰の、どんな取り組み・変化か:
【企業・話者】
業種・規模:
話者の担当業務:
【要約】
課題:
取り組み:
変化:
【導入前の課題】
誰が/どの場面で/何に困っていたか:
取材前に準備する質問:
取材中に得た言葉・具体例:
【導入の決め手】
判断基準/比較・試用で確かめたこと:
取材前に準備する質問:
取材中に得た言葉・具体例:
【課題が解決されたか】
困りごとの変化:
使い方・運用の工夫:
残る課題・未確認の点:
取材前に準備する質問:
取材中に得た言葉・具体例:
【効果】
数値・定性的な変化:
対象・時期・根拠:
まだ言い切れないこと:
取材前に準備する質問:
取材中に得た言葉・具体例:
【今後の見通し】
次にしたいこと:
確定した方針か、希望・検討か:
取材前に準備する質問:
取材中に得た言葉・具体例:
※材料がなければ、この項目は省略できます。
取材メモには、必要に応じて、発言者、録音の時刻またはメモの位置、確認先、掲載してよいかどうかも添えておくと、後の確認が進めやすくなります。これらは制作のための情報ですので、すべてを記事に載せる必要はありません。
空欄を埋めたあとの形は、後半の「短い完成例」で紹介しています。
読む人と、この記事で伝えることを一文にする
質問を考える前に、その事例を誰に読んでほしいのか、何を中心に伝えるのかを一文にしておきます。この一文が、取材で何を聞き、原稿にどの情報を残すかを決める基準になります。
ここからは、次の架空例を使って説明します。企業・人物・発言・数値はすべて説明用の設定で、実在する企業の実績や、私が担当した案件ではありません。
- A社:業務用機器の保守を行う企業(従業員80人)
- 修理受付:4人体制。朝の引き継ぎは受付責任者が準備する
- 以前の状況:修理依頼の情報が、メールと共有表に分かれていた
- 導入したもの:問い合わせ管理ツールX(架空のツール)
この事例を読んでほしいのは、共有表で修理受付を管理し、引き継ぎに困っている責任者です。中心に伝えたいのは、情報の集約と運用の見直しによって、仕事がどう変わったかです。一文にすると、例えば次のようになります。
「共有表で修理受付を管理する責任者に、記録の集約と入力・更新ルールの統一による、引き継ぎ業務の変化を伝えます。」
一文が決まると、ツールXの全機能や長い会社の沿革、今回の困りごとと関係のない話は、入れなくてもよいと判断しやすくなります。
まずは、手元の事例について「誰に」「何を」伝えるかを、一文で書き出してみてください。
質問を準備し、取材中の会話で原稿の材料を集める
取材で話は聞けたのに、書き始めてから場面や理由が足りないことに気づく、ということもあると思います。
導入事例の材料は、取材前の質問準備と、取材中の会話での掘り下げで集めます。冒頭でお伝えしたとおり、書きながら足りない部分を補うのは簡単ではありません。取材の時間のうちに、場面・理由・本人の言葉を聞いておくことが大切です。
基本構成から、取材で聞くことを準備する
質問は、表1の5つの内容から「何が分かれば書けるか」を逆算して用意します。A社の例で準備した質問は、表2のとおりです。
表2 取材で優先して聞く質問の例(架空例)
| 項目 | 分かれば書けること | 優先して聞く質問 |
|---|---|---|
| 導入前の課題 | 以前の仕事の進め方 | 以前はどのように修理依頼を管理し、朝の引き継ぎを準備していましたか |
| 導入の決め手 | 選ぶ際に確かめたこと | 選ぶときに、何を比べたり試したりしましたか |
| 課題が解決されたか | 困りごとがどう変わったか | 導入前の困りごとは、今どうなっていますか |
| 効果 | 変化と、その根拠 | 時間や負担に、どんな変化がありましたか |
| 今後の見通し | 今後の考え | 今後は何を確認したいですか |
優先して聞く質問とは別に、答えに応じて使う掘り下げの問いも用意しておきます。効果なら対象者・作業・時期・根拠を、今後の見通しなら確定した方針か本人の意向かを確かめる問いです。具体的な問いは、次の会話例で紹介します。
ただ、表2の欄をすべて埋めることが目的ではありません。相手の答えによって、聞く順番や問いは変わります。質問表は、聞き漏らしを防ぐための手元のメモと考えておくとよいでしょう。
取材を録音する場合は、録音を始める前に相手の了承を得て、了承を得たことも記録しておきます。なお、録音を了承してもらえたからといって、話した内容をすべて公開してよいとは限りません。掲載してよい範囲の確認に関しては、後述します。
会話を掘り下げて、具体的な場面と本人の言葉を集める
取材では、相手の答えが抽象的なときこそ、その場で掘り下げます。後から回答をもらえば済むと考えず、具体的な場面や理由を、その会話の中で聞いておきましょう。
A社の取材で、5つの内容ごとに掘り下げた例を紹介します。「分かったこと」は回答の要旨をまとめたもので、発言をそのまま書き起こしたものではありません。
会話例1 導入前の課題
- 準備した質問:以前はどのように修理依頼を管理し、朝の引き継ぎを準備していましたか。
- 掘り下げた問い:誰が、どの情報を、どう確かめていましたか。
- 分かったこと:依頼の情報がメールと共有表に分かれ、受付責任者が引き継ぎ前に、担当者へ各案件の対応状況を尋ねていた。
会話例2 導入の決め手
- 取材中に出た言葉:「使いやすさが決め手」
- 掘り下げた問い:どの業務で、誰が、どれくらい試しましたか。何ができるかを確かめましたか。試してみて、どの点が導入を決める理由になりましたか。
- 分かったこと:受付担当4人が2週間試用し、対応状況を一覧で確認して、引き継ぎに使えるかを確かめた。電話対応中に、顧客名から過去の修理履歴を探す操作も試した。一覧で各案件の対応状況を確認でき、引き継ぎに使えると判断したことが、導入を決めた理由だった。
「使いやすさ」だけでは、何が使いやすかったのかが読者に伝わりません。掘り下げたことで、試した人数と期間、確かめた内容、選んだ理由まで分かりました。主に確かめたのは一覧を引き継ぎに使えるかどうかで、履歴を探す操作は補足の材料です。
会話例3 課題が解決されたか
- 取材中に出た言葉:「一覧で分かるようになった」「入力されないこともあった」
- 掘り下げた問い:以前と比べ、何をどう確認できるようになりましたか。入力されないことに対して、どのように運用を変えましたか。
- 分かったこと:担当者へ尋ねていた対応状況を、一覧で確認できるようになった。記録をXに集約し、入力項目と更新タイミングをそろえた。
- 本人の言葉:「今は、ええと、一覧を見れば、誰がどこまで進めたか分かりますね」
会話例4 効果
- 取材中に出た言葉:「準備が半分くらい」
- 掘り下げた問い:誰の、どの作業の時間ですか。どの時期を比べた実感ですか。確認できる記録はありますか。
- 分かったこと:受付責任者1人の、朝の引き継ぎ準備についての話だった。業務日誌で確かめることができる。
「半分くらい」は、取材時点の体感による概数です。この発言だけで、平均値や比較期間を決めることはできません。数字は、取材後に業務日誌と照らし合わせて確かめます。
会話例5 今後の見通し
- 準備した質問:今後は何を確認したいですか。
- 本人の言葉:「決めた入力項目と更新タイミングが守られているかを確認していきたいです」
これは本人の意向で、すでに定着を確かめた結果でも、担当や頻度、期限まで決まった計画でもありません。編集する側が考えた今後の展望を、顧客の意向として書かないようにしましょう。
掘り下げるときは、欲しい数字や宣伝向きの言葉に誘導しないよう気をつけましょう。例えば「半分くらいということは、50%削減ですね」と言い換えて同意を求めると、相手の体感が、記録で確かめた数字のように変わってしまいます。相手の答えに応じて問いを変え、理由や実感は本人の言い回しのまま残しておきます。
取材後は材料を整理し、残った確認事項を切り分ける
取材が終わったら、聞いた内容をテンプレートの5項目に振り分けます。発言者と、録音の時刻またはメモの位置も一緒に残しておくと、原稿を書く段階や確認の段階で、元の発言にすぐ戻れます。
文字起こしは、原稿の素材です。話した順に整えても、そのまま記事にはなりません。どの材料を使うかに関しては、次の章で解説します。
整理するときは、概数や体感と、記録に基づく数値を分けておきます。A社の例では、取材後に業務日誌を確認し、次のことが分かったという設定です。
- 導入前の2026年6月と導入後の2026年9月の、各5営業日を比べた
- 受付責任者1人の朝の引き継ぎ準備は、平均30分から15分に短くなっていた
- 両方の期間とも、対応中の案件は1日約30件だった
足りない点があれば、取材後に確認したり、補足の取材をお願いしたりすることも可能です。数字や固有名詞に限らず、確かめたいことは確かめましょう。ただ、記事の中心になる場面や理由を、最初から後日の質問に回すのは避けたいところです。
確認できなかったことは、保留にする、記事から外す、構成を変える、のいずれかで対応します。書き手の想像や文章の工夫で、空いた部分を埋めないようにしましょう。
効果の数字が出せない場合も、理由によって書けることが変わります。
- 計測していない:確認できた仕事の変化を書く(例:担当者に尋ねていた状況を、一覧で確認するようになった)
- 数値を公開できない:掲載を許可された範囲で説明する。比率や概数に置き換える場合も、掲載してよいかを確認する
- 導入直後で、まだ成果が出ていない:選んだ理由や、取り組んでいる内容を中心に書く
いずれの場合も、期待している効果や体感を、実績のように書かないことが大切です。
読者が流れを追える構成と見出しにする
取材でたくさんの話を聞けたぶん、どれを残せばよいか迷うこともあると思います。
記事に載せる材料と順番は、集めた順ではなく、読者の疑問に沿って選び直します。基準にするのは、最初の章で決めた「誰に、何を伝えるか」の一文です。
5つの流れがつながるように材料を選ぶ
A社の材料を、5つの流れに沿って整理すると、次のようになります。
- 導入前の課題:担当者へ個別に対応状況を確認する負担
- 導入の決め手:一覧を引き継ぎに使えるかを、4人で試用
- 課題が解決されたか:一覧で状況を確認できる運用
- 効果:記録で確かめた、準備時間の変化
- 今後の見通し:入力・更新ルールが定着しているかの確認
ここで分けておきたいのが、「元の困りごとがどうなったか」と「どの程度の効果があったか」です。A社なら、担当者に尋ねていた状況を一覧で確認できるようになったことが前者、準備時間の変化が後者にあたります。記録の集約や入力・更新ルールの見直しは、困りごとがどう解決されたかを説明する材料として、3の中に置きます。
取材の質問順や文字起こしの順番を、そのまま記事の順番にする必要はありません。主題に関係の薄い材料は、聞けた話であっても無理に入れないようにしましょう。
例えば、試用で確かめた履歴を探す操作は、選んだ理由を補う材料です。ここを詳しく書き込むと、引き継ぎの話から、履歴検索の便利さを伝える別の記事へと主題がずれてしまいます。
項目名を、その事例の要点が分かる見出しに変える
テンプレートの項目名をそのまま完成記事の見出しに並べると、どの事例も同じ見出しになり、読者は中身を読むまで違いが分かりません。項目名は、その事例で分かった内容に置き換えます。
表3 項目名を事例の見出しに変える例(架空例)
| テンプレートの項目名 | 事例の見出しの例 |
|---|---|
| 課題が解決されたか | 個別に尋ねていた対応状況を一覧で確認 |
| 効果 | 導入前後の記録では、準備時間が平均30分から15分に |
見出しを具体的にするときも、確かめた範囲を超えないようにします。効果の見出しに「導入前後の記録では」と付けているのは、比べた期間の記録で確認できた変化だからです。例えば「引き継ぎ準備がいつでも半分に」のように、いつでも同じ効果が出るかのような見出しにはしません。後半の完成例でも、同じ考え方でラベルを付けています。
手元の材料を5つの流れに並べ、項目名を事例の内容に合わせて書き換えてみてください。
取材内容を、具体的で読みやすい本文にする
材料がそろっても、いざ文章にしようとすると、どう書けば具体的になるのか迷うところです。
導入事例の本文は、仕事の場面、変化、本人の発言を分けて組み立てると、読みやすくなります。取材で集めた材料を、A社の例で実際に文章にしてみましょう。

課題と選定理由は、仕事の場面が浮かぶように書く
課題や選定理由を抽象的な言葉だけで書くと、読者は自社の状況と比べられません。改善前と改善後を並べてみます。
文例1 導入前の課題
改善前:情報共有に課題があった。
改善後:依頼内容をメールと共有表で管理していたA社では、受付責任者が朝の引き継ぎ前に、担当者へ各案件の対応状況を尋ねていました。
改善後の文には、「誰が(受付責任者)」「いつ(朝の引き継ぎ前)」「どの作業で(担当者への状況確認)」を置いています。
文例2 導入の決め手
改善前:使いやすさが決め手になった。
改善後:受付担当4人が2週間試用し、対応状況を一覧で確認して、引き継ぎに使えるかを確かめました。電話対応中に顧客名から修理履歴を探す操作も試しました。一覧で各案件の対応状況を確認でき、引き継ぎに使えると判断したことが、導入の決め手になりました。
こちらは、「誰が(受付担当4人)」「どれくらい(2週間)」「何を試したか(一覧での確認と、履歴を探す操作)」に加えて、「なぜ選んだか(引き継ぎに使えると判断した)」まで文に置いています。
どちらも、文章を言い換えただけで具体的になったわけではありません。改善後に加えた情報は、前述の取材で掘り下げて確かめたことです。例えば「検索が数秒で終わった」「他社製品より操作が簡単だった」のような、取材で聞いていないことを足して、具体的に見せないようにしましょう。
課題の解決状況と効果を分けて書く
課題が解決されたかは、元の困りごとがどう変わったかを書きます。A社の例では、次のような文になります。
「記録をXに集約し、入力項目と更新タイミングを統一しました。受付責任者は、担当者に個別に尋ねていた対応状況を、一覧で確認できるようになりました。」
ここでは「個別の確認が一切不要になった」「すべての課題が解決した」とまでは書きません。取材で確認できたのは、一覧で状況を確認できるようになったことだからです。
効果は、変化の大きさと、その根拠が分かるように書きます。
「導入前後の業務日誌を比較したところ、受付責任者1人の朝の引き継ぎ準備は、平均30分から15分に短くなっていました。」
本文には、対象者(受付責任者1人)、作業(朝の引き継ぎ準備)、変化(平均30分から15分)を置き、比較した期間と記録の根拠は注記に回します。受付は4人体制ですが、準備時間を比べたのは受付責任者1人です。「受付4人の準備時間が半分に」のように、利用している人数と、計測の対象を混ぜないよう気をつけましょう。

また、A社は同じ時期に入力・更新ルールも見直しています。そのため、この時間の短縮は、ツールだけの効果を切り分けたものではありません。比べた期間の条件にも限りがあるため、その点も短く書き添えておきます。この例の数値は説明用の架空の設定ですので、導入事例で期待できる成果の目安にはならない点は、ご了承ください。
数字がなければ導入事例が書けない、ということはありません。取材後の材料整理で触れたとおり、計測していなければ確認できた仕事の変化を、数値を公開できなければ許可された範囲の説明を、成果がまだ出ていなければ選んだ理由や取り組みを、それぞれ中心にして書くことが可能です。
顧客の発言は、意味と温度感を残して整える
取材で聞いた発言は、話し言葉のままだと読みにくいことがあります。言いよどみや重複は、意味を変えない範囲で整えます。
整える前:「今は、ええと、一覧を見れば、誰がどこまで進めたか分かりますね」
整えた後:「今は一覧を見れば、誰がどこまで進めたか分かります」
整えるのは、言いよどみや言い回しの重なりまでです。評価の強さ、条件、時点、意向は変えないようにします。例えば「確認していきたい」を「必ず確認する」に変えると、本人の意向が、決まった計画のように読めてしまいます。
本文の中では、仕組みや運用の変更は地の文で説明し、本人の判断や実感は引用で伝えると、読者が区別しやすくなります。A社の例なら、記録の集約や入力・更新ルールの統一は地の文、「今は一覧を見れば〜」は引用です。
引用を入れるときは、発言の記録と照らし合わせます。取材メモの要旨を、本人がそう話したかのようにかぎ括弧に入れるのは避けましょう。発言を整えることと、話していない言葉を作ることは、まったく別の作業です。直接の引用にしてよいか迷う箇所は制作メモに残し、公開前の確認で相手に確かめます。
まずは手元の原稿から、抽象的な言葉が残っている一文を選び、取材で聞いた場面や数字に置き換えられるかを確かめてみてください。
本文からタイトルと冒頭の要約を作る
タイトルや要約は、目を引く表現を考えるほど、本文の内容とずれてしまうことがあります。
導入事例のタイトルと要約は、本文で確認できた内容から抜き出して整えます。あわせて、ここまでの内容をまとめた短い完成例も紹介します。
誰のどんな取り組み・変化かが伝わるタイトルにする
タイトルには、対象の企業や業務と、確認できた変化や決め手を入れます。読者が「自社と近い事例か」を判断できることがポイントです。数字は必須ではありません。
A社の例では、次のようなタイトルが考えられます。
「修理受付の対応状況を一覧で共有。A社が進めた引き継ぎ業務の見直し」
このタイトルには、業務(修理受付)、変化(対応状況を一覧で共有)、取り組み(引き継ぎ業務の見直し)を入れています。
数字を使う場合も、測った対象、時点、確認できた範囲を守ります。例えば「引き継ぎ時間を半減」とすると、準備ではなく引き継ぎそのものの時間が短くなったように読めます。さらに、受付責任者1人の、比べた期間の記録という条件も抜け落ちてしまいます。本文より強い効果を、タイトルや要約で足さないようにしましょう。Googleも、コンテンツの自己評価の質問の一つとして、見出しやページタイトルが内容を誇張していないかを挙げています。(参照:有用で信頼性の高い、ユーザー第一のコンテンツの作成|Google 検索セントラル)
導入文・企業情報・要約の役割を分ける
記事の冒頭に置く導入文、企業情報、要約は、それぞれ役割が違います。
- 導入文:何の話かを伝える
- 企業情報:読者が自社との近さを判断する材料にする
- 要約:課題・取り組み・変化の要点を伝える
企業情報は、長い沿革紹介にせず、業種・規模・話者の役割に絞ると読みやすくなります。A社の例なら「業務用機器の保守を行うA社(従業員80人)/受付責任者」とあれば、読者は自社との近さを判断できます。
ここまでの内容をまとめると、次のような完成例になります。企業・人物・発言・数値は、すべて説明用の架空の設定です。
短い完成例(企業・人物・発言・数値はすべて架空)
タイトル:修理受付の対応状況を一覧で共有。A社が進めた引き継ぎ業務の見直し
企業・話者:業務用機器の保守を行うA社(従業員80人)/受付責任者。修理受付は4人体制です。
導入文:A社は修理依頼の情報をXに集約し、入力・更新ルールも見直しました。選定の理由から、課題の解決状況、効果、今後の考えまで紹介します。
要約:
- 課題:引き継ぎ前に、各案件の状況を担当者へ確認する必要がありました。
- 取り組み:4人で一覧を引き継ぎに使えるか試し、記録の集約と入力・更新ルールの統一を進めました。
- 変化:比較した業務日誌では、責任者1人の準備時間が平均30分から15分に短くなっていました。
担当者への個別確認が、引き継ぎ準備の負担に
情報がメールと共有表に分かれ、受付責任者が引き継ぎ前に各案件の対応状況を担当者へ尋ねていました。
対応状況の一覧を引き継ぎに使えるか、4人で試用
受付担当4人が2週間試用し、対応状況を一覧で確認して、引き継ぎに使えるかを確かめました。電話対応中に顧客名から過去の修理履歴を探す操作も試しました。一覧で各案件の対応状況を確認でき、引き継ぎに使えると判断したことが、導入の決め手になりました。
記録と更新ルールをそろえ、一覧で状況を確認
記録をXに集約し、入力項目と更新タイミングを統一しました。受付責任者は取材時、「今は一覧を見れば、誰がどこまで進めたか分かります」と話していました。
導入前後の記録では、準備時間が平均30分から15分に
導入前後の業務日誌を比較したところ、受付責任者1人の朝の引き継ぎ準備は、平均30分から15分に短くなっていました。同時期に入力・更新ルールも見直しており、時間の短縮をツール単独の効果として切り分けたものではありません。
入力項目と更新タイミングの定着を確認していきたい
受付責任者は、決めた入力項目と更新タイミングが守られているかを確認していきたいとしています。
数値の注記:受付責任者1人の朝の引き継ぎ準備時間を、A社の業務日誌に基づき、2026年6月と9月の各5営業日で比較しています。
完成例の5つのラベルは、この事例の内容に合わせて付けた区切りです。すべての導入事例に、5つの見出しが必要なわけではありません。
また、この例の「各5営業日」という比較期間は、説明のために設定したもので、一般的な測定の基準ではありません。対応中の案件は両方の期間とも1日約30件という設定ですが、件数が近いだけで、案件の難しさや作業の条件まで同じとは判断できません。
手元の事例について、タイトルと要約に、本文で確かめていない内容が入っていないかを読み比べてみてください。
公開前に、事実と掲載してよい範囲を確認する
原稿がまとまっても、確認漏れがないか、このまま公開してよいのか気になるものです。
公開前の確認は、「内容が正しいか」と「外に出してよいか」の2つに分けて行います。どちらか一方が済んでいても、もう一方が済んだことにはなりません。
数字・固有名詞・発言をまとめて確認する
事実の確認では、企業名、役職、製品名、時期、数値、単位、比較期間、根拠、発言の意図を、取材記録や資料と照らし合わせます。
A社の例なら、例えば次の点が混ざっていないかを確かめます。
- 受付の4人と、準備時間を比べた1人
- 試用した2週間と、効果を比べた各5営業日
- 取材時の「半分くらい」という体感と、業務日誌で確かめた平均値
あわせて、今後の意向を、実行済みの結果や決まった計画のように書いていないかも確認しましょう。
取材相手に確認をお願いするときは、「全部見てください」だけでは、相手もどこを見ればよいか分かりません。原稿の確認してほしい箇所と、聞きたいことを対応させて伝えると、確認しやすくなります。
表4 確認をお願いするときの例(架空例)
| 確認してほしい箇所 | 確認したいこと |
|---|---|
| 効果の段落 | 平均30分から15分という数値と、比較した期間(2026年6月・9月の各5営業日)は、業務日誌と合っていますか |
| 受付責任者の発言 | 「今は一覧を見れば、誰がどこまで進めたか分かります」は、お話しされた意図と合っていますか |
| 今後の見通しの段落 | 入力項目と更新タイミングの定着を「確認していきたい」という現在のお考えとして、この表現で合っていますか |
なお、社名や製品名の表記のように、記事をまたいで共通する書き方は、ルールを決めておくと確認の手間を減らせます。共通ルールの項目と作り方は、ライティングレギュレーションの項目と作り方で解説しています。ただ、表記をそろえることと、事例の事実を確かめることは別の作業ですので、表記のルールだけで確認を済ませないようにしましょう。
掲載範囲と最終版を確認して公開する
事実が正しくても、外に公開してよいかは別に確認します。取材を依頼したときに合意した内容をもとに、次の点を確かめましょう。
- 原稿の本文と引用を掲載してよいか
- 社名、人物の氏名・肩書、写真、ロゴを掲載してよいか
- 数値とその説明を公表してよいか
- Webの記事のほかに、営業資料や広告などにも使ってよいか
匿名で掲載する場合も、業種、規模、地域、役職などの組み合わせで、企業や人物が特定されることがあります。読者の判断に必要な情報がどこまでかを考え、相手と掲載する範囲を確認しておきましょう。
また、Webへの掲載と、営業資料や広告への転載は分けて確認し、最初に許可を得た範囲を超えて使わないようにします。録音の了承も、記事や資料に使ってよいという許可とは別のものです。
最後に、どの版を最終版として、誰が承認したのかを記録しておきます。承認を得たあとで、意味や数値、掲載範囲が変わる修正をした場合は、変更した箇所をあらためて確認してもらいましょう。
導入事例は、取材を終えてから材料の足りなさに気づくと、取り戻すのが難しいものです。
導入事例の書き方の基本は、「導入前の課題」「導入の決め手」「課題が解決されたか」「効果」「今後の見通し」の5つの流れで伝えることです。この流れから質問を準備し、取材中の会話で場面・理由・本人の言葉を集めて原稿にまとめます。そのうえで、事実と掲載してよい範囲を分けて確認し、公開へ進めます。
次の一歩として、本記事の空欄テンプレートに、取材で確認したい質問を書き出してみてください。すでに取材を終えている方は、手元にある材料と、まだ確認できていない点を分けて記入する使い方も可能です。
企画から公開後の改善まで、記事制作全体の進め方は、オウンドメディアの記事制作を進める8つの手順で解説しています。最初から完璧を目指さず、できるところから少しずつ進めていただけたらと思います。
参考資料・出典
2026年10月22日に内容を確認しています。
